「女王様」とお呼び!
知人の外国人をはじめ来日した異国の人々は日本の文字~とりわけ漢字に大いなる関心を示す。
表音文字であるアルファベットと異なり、表音に加え表意文字である漢字に興味をそそられるのだろう。
外国人だけでなく、小学生などにも漢字の成り立ちを教えると<食いつきが良い>。
アルファベットそのものにまったく表意の機能がないとはいいきれない。
He knows about it from A toZ. という文は He knows everything about it. と同義であり、<彼は一から十までそのことについて知っている>という意味を表すことができる。
すなわちAは(始め)、Zは(終わり)という意味をもっている。
しかし漢字の持つ豊かな意味の世界とは雲泥の差があるといえるのではないだろうか。
まさに<当て字>そのものなのだが、外国の人の名前を漢字で書いてあげるととても喜ばれる。
Davidを騨飛人、Ericを英利久などと書いてあげたところ『家宝にする』と言ってくれたこともある。
「ラモス瑠偉」などという表記もその一例といえるだろう。
ゲーム感覚で考えてみると、Nancy=南詩 Kent=健斗 Emmy=笑美 などがすぐに思いつく。
隠れたベストセラーである『奥さまはニューヨーカー(上・下)――英語講座まんが』 (岡田光世・島本真記子著)には、チャーチル=茶散 ケイト=毛糸なる人物も登場する。
こうなってくると、暴走族の落書きにある 「夜露死苦(よろしく)」 などと区別がつかなくなってしまう。
ビートルズのメンバーであった リンゴスターを「林檎星」 と記すのはちょっとお洒落な雰囲気を醸し出す。
過日、銀座に出向いた折に博品館に立ち寄った。
レジの横に外国人の名前を判子にしたものが陳列されていた。
漢字とともに判子=印鑑というものも<日本文化>に触れることのできるアイテムだといえる。
多くの外国人が訪れる店だけに、こうした品揃えをしているのだろう。
私は自分の名前の一部をとって、JOと名乗り、このブログのタイトルもJO談と称している。
商品の中に JO と記されたものを見つけたので興味津々、衝動買いをしてしまった。
パッケージの外側からはどのような文字が刻まれているのかはわからない。
丈や鍵、あるいは城という字を想像していたのだが、開けてびっくり!写真の文字が刻まれていた。
いや~、驚きましたねぇ。
今度から私のことを「女王様」と呼んで下さい。
また新しい世界に足を踏み入れそうだ。そんな自分が怖い
上武大学大学院経営管理研究科教授池田信夫氏は最近、氏のブログに下記のような記事をアップされていた。
ハンコ・元号・縦書きをやめよう
共感をおぼえる部分もあるが、やや極端なご意見として拝読した。
確かにハンコを押すことが義務づけられている書類や商習慣は煩雑であり、国際基準からするとまさに<ガラパゴス>そのものといえるだろう。さらに元号というものも公的文書においては考えものだな、という感じもする。
読者諸兄はどのようにお考えだろうか。
思わぬ商品を手にしたことから、日本文化や日本のルールについて考えることができた。
表音文字であるアルファベットと異なり、表音に加え表意文字である漢字に興味をそそられるのだろう。
外国人だけでなく、小学生などにも漢字の成り立ちを教えると<食いつきが良い>。
アルファベットそのものにまったく表意の機能がないとはいいきれない。
He knows about it from A toZ. という文は He knows everything about it. と同義であり、<彼は一から十までそのことについて知っている>という意味を表すことができる。
すなわちAは(始め)、Zは(終わり)という意味をもっている。
しかし漢字の持つ豊かな意味の世界とは雲泥の差があるといえるのではないだろうか。
まさに<当て字>そのものなのだが、外国の人の名前を漢字で書いてあげるととても喜ばれる。
Davidを騨飛人、Ericを英利久などと書いてあげたところ『家宝にする』と言ってくれたこともある。
「ラモス瑠偉」などという表記もその一例といえるだろう。
ゲーム感覚で考えてみると、Nancy=南詩 Kent=健斗 Emmy=笑美 などがすぐに思いつく。
隠れたベストセラーである『奥さまはニューヨーカー(上・下)――英語講座まんが』 (岡田光世・島本真記子著)には、チャーチル=茶散 ケイト=毛糸なる人物も登場する。
こうなってくると、暴走族の落書きにある 「夜露死苦(よろしく)」 などと区別がつかなくなってしまう。
ビートルズのメンバーであった リンゴスターを「林檎星」 と記すのはちょっとお洒落な雰囲気を醸し出す。
過日、銀座に出向いた折に博品館に立ち寄った。
レジの横に外国人の名前を判子にしたものが陳列されていた。
漢字とともに判子=印鑑というものも<日本文化>に触れることのできるアイテムだといえる。
多くの外国人が訪れる店だけに、こうした品揃えをしているのだろう。
私は自分の名前の一部をとって、JOと名乗り、このブログのタイトルもJO談と称している。
商品の中に JO と記されたものを見つけたので興味津々、衝動買いをしてしまった。
パッケージの外側からはどのような文字が刻まれているのかはわからない。
丈や鍵、あるいは城という字を想像していたのだが、開けてびっくり!写真の文字が刻まれていた。
いや~、驚きましたねぇ。
今度から私のことを「女王様」と呼んで下さい。
また新しい世界に足を踏み入れそうだ。そんな自分が怖い

上武大学大学院経営管理研究科教授池田信夫氏は最近、氏のブログに下記のような記事をアップされていた。
ハンコ・元号・縦書きをやめよう
共感をおぼえる部分もあるが、やや極端なご意見として拝読した。
確かにハンコを押すことが義務づけられている書類や商習慣は煩雑であり、国際基準からするとまさに<ガラパゴス>そのものといえるだろう。さらに元号というものも公的文書においては考えものだな、という感じもする。
読者諸兄はどのようにお考えだろうか。
思わぬ商品を手にしたことから、日本文化や日本のルールについて考えることができた。


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