マイクテストの時、なぜ『本日は晴天なり』というのだろう

今日のような「花散らしの雨」が降っている時でも、あちこちのコンサート会場や講演会会場でのマイクテストの時には『本日は晴天なり。只今マイクのテスト中・・・』というのだろうか。

永六輔著 「上を向いて歩こう 年をとると面白い」(さくら舎)の中に次のような一節があった。(P174~177)
読者諸兄も少なくとも一度や二度は似たような経験をされた方がいらっしゃるのではないだろうか。

体操の時間に雨がとても激しくなったことがありました。
そこで先生が、今日は雨だからみんな体育館に集まれということをアナウンスしたんです。
その先生はアナウンスする前に、「あ、あ、あ、本日は晴天なり、本日は晴天なり、今日は雨だから体操は体育館に集まれ。いいな。聞こえたな。あ、あ、あ、本日はせいてんなり」をくり返したんですね。
これを聞いた僕は、体育館にあつまってから、「先生、さっき本日は晴天なりとおっしゃいました。
今日は雨が降っているのに、どうして本日は晴天なりと言うんですか」と聞いたんです。
でも先生は答えてくれずに、笛を鳴らして体操が始まってしまいました。
そこで、これが僕にとって長いあいだの疑問となったのです。
「本日は晴天なり」というのをどうしてマイクのテストで言うのか、と。
戦後、NHKに通うようになった僕は、いろいろなところで聴いてまわりました。
これは歌のテストの場合でも同じです。
「あ、本日は晴天なり、OK OK,では歌おうか」となって歌になっていく。それも何回もNHKで見かけました。
そこで、NHKの人に「どうして『本日は晴天なり』と言うんですか?」とたずねるのですが、誰も答えてくれない。
みんな、「なぜ、そんなことを聞くんだ?」という顔をしているのです。
たまたま、進駐軍で日本語がぺらぺらの、ハワイ出身で日系二世のアナウンサーがいました。
僕はその二世のアナウンサーに、「マイクのテストをするときに、日本では『本日は晴天なり』と言うんですけど」と言ってみました。
そうしたら、「えっ?」と今度は向こうがびっくりしたんですね。「俺も言っている」と。

「トゥデイ・イッツ・ファイン」、マイクのテストのときにはこう言うんだというわけです。
「えっ、マイクのテストって、トゥデイ・イッツ・ファイン(きょうはいい天気)と言うものなんですか」と言うと、逆に「日本ではなんで、『本日は晴天なり』と言うんだ?」と言う。
私は絶句してしまいました。
そこでようやく、「なぜあなたは英語でトゥデイ・イッツ・ファインと言うんですか」と聞いたのです。その彼の答は実に勉強になりました。
人間の声には、強い声とか弱い声とか、息が抜ける声とか、あるいはパピプペポのように唇を閉じて破裂させなければ出ない破裂音など、いろいろな音があります。
そのなかで、弱い音だけを集めて作ったことばがトゥデイ・イッツ・ファインで、これは全部の発音がマイクにはいりにくいのです。
だからトゥデイ・イッツ・ファインというのがきれいに聞こえていれば、それは全部の発音がきれいに聞こえていくことなんだ、と彼は言うのです。
(赤字は筆者)
だからこそ、マイクのテストのことばになる。
したがって、「本日は晴天なり」と日本語に訳しても何の意味もないのです。
進駐軍のアナウンサーが不思議がるのも当然でした。

なるほど普段気にもかけないことでも、あらためて考えてみると不思議なことや滑稽なことがあるものだと気づかされた。

上を向いて歩こう 年をとると面白い
さくら舎
永 六輔

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