三信ビルだけが暗かった

去る4日にも記したが、日比谷三信ビルが老朽化を理由に解体されることとなった。)

最高気温は8度。
冷たい雨が降りそぼる日比谷公園の一角にその建物はあった。
日比谷グリーンサロン。
その中にある東京パークスギャラリー日比谷で開かれている『日比谷三信ビル写真展ー消えゆくビルが語るもの-』に足を運んだ。

三信ビルは、昭和5年6月竣工。その優れた意匠ゆえ建築的に高く評価されるとともに、歴史的にも戦前の東京の雰囲気をそのままに伝える貴重な建物とされています。
しかし何よりもこのビルの特徴は、建築家でもなく歴史家でもない多くの一般の人々に長く愛され続けていることです。  (写真展パンフレット裏面より一部引用)


日比谷通り、あるいは映画街から撮影された佇まい、内部のアーケードや階段、エレベーターホールやトイレ、エアーシューターや彫刻、天井に描かれていた十二星の原画スケッチ、建築中の写真やゆかりの方の手による手紙や絵画など、狭いスペースではあるが、貴重なそしてなによりもこのビルに対する愛情が感じられる数々の作品が並んでいた。

その中の一葉に8階のオフィスの入口ドアを撮したものがあった。
おぼろげながら、私も見覚えのあるドアである。
かつて、父や母がこのドアを開けて中に入っていったのだ。
不覚にも目頭が熱くなり、しばらくの間その写真の前から動けなかった・・・。

ギャラリーの横は喫茶スペースとなっていた。
300円のホットコーヒーのカップを両手で包み込み、冷えた身体をあたためつつ、壁に飾られている写真をながめていた。

夕暮れ。
日比谷公園の「鶴の噴水」脇から松本楼を抜け、三信ビルの周りをゆっくりと一周してみた。
近くの官庁やオフィスビル、帝国ホテルなどには明々と灯がともり、クリスマスのイルミネーションなども光を放っていた。
しかし、すでにテナントが引っ越してしまった三信ビルだけはどの窓も暗く沈んでいた。
母は8階のあの窓から、折々の日比谷公園の様子や街行く人や車を眺めていたのだろう。
「時代」だったのだろう・・・、デモ隊や街宣車、機動隊の車がたくさん通ったとか、シュプレヒコールが騒がしくて落ち着かなかったなどという話を夕食時に聞いたことを突然思い出したりもした。

ひとり、傘をさすこともなく感傷にふけりながらビルを見上げた。
くよくよすることも、私の「歴史の中の物語」である。
そんなことを思いながら地下鉄の階段を下った。

この記事へのコメント

三信ビルディング写真展実行委員会
2006年12月19日 02:05
三信ビルディング写真展実行委員会の代表をしております松永と申します。
偶然こちらのブログを拝見させて頂きました。
写真展にお越し頂きましてどうも有難うございました。
読ませて頂いて思わず涙が出ました。
あのオフィスの入口ドアの写真は撮影者の方がかつて三信ビルで勤めておられた会社のものです。
改めて三信ビルが多くの人々の大切な思い出の一部になっている事を感じました。
ぜひこちらのコメントを写真展で紹介させて頂けないでしょうか?
万一不都合がございましたらお知らせ願います。
よろしくお願い致します。

三信ビルディング写真展実行委員会
代表 松永健吾
E-mail:kengo_matsunaga@hotmail.com
URL:http://home.n03.itscom.net/kbx/ssb/photo/index.htm

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