謝る必要なんかありません
世の中に「クレーマー」と呼ばれる人達がいる。
何かと、「正義」を振り回し、組織や個人を批判する。
場合によっては、公開裁判を取り仕切り、ヒーローとなる。
金品を受け取ることを目的に、あら捜しをする輩もいる。
民主主義の社会は多様な価値観を認めあい、話し合いによって「落としどころ」を模索する「おとな」の仕組みのことである。
些細なミスや弱み(不備なところ)を一方的な価値観のもとに探し出し、声高に騒ぎ立てるということは、本来ルール違反である。
今、人気の北海道旭山動物園が公式ホームページ上に2本足で立つレッサーパンダについて「見せ物にしないで」と掲載したところ、市民から抗議を受けて「行き過ぎた表現があった」などと謝罪文を掲載した。
注目を集めている公的な施設としては、「謝罪」という形で治めるしかなかったのかもしれないが、釈然としない、不本意ながら・・・というのが本音のところではないだろうか。
詳細・経緯については同動物園公式ホームページをご参照ください。
(更新履歴の5/27、5/31、6/7などを熟読されることをお勧めします。)
http://www.city.asahikawa.hokkaido.jp/files/asahiyamazoo/sc02.html
動物園そのものに対して「アニマル・ライツ」を提唱する団体などは存在そのものが「悪」だと主張しているが、その議論はひとまず置くとして、一般に動物園や水族館には次の4つの役割や使命があるといわれている。
①レクリエーション・・・人間性回復の場として
②教育の場・・・生命の大切さ、自然環境の多様性を知る
③自然保護の場・・・希少生物や絶滅が危惧されている動物などの「種の保存」など
④調査・研究・・・比較解剖学・生理学・栄養学・繁殖学をはじめ人獣共通感染症の研究など
旭山動物園をはじめ、多くの動物園は80年に国際自然保護連合(IUCN)などにより発表された『世界環境保全戦略」に則り、地道な活動を続けている。
「所詮見せ物の動物園」、「旭山だって餌でつって動物に『芸』をさせている」等々のクレームに対して、それらが的外れな「言いがかり」にすぎないことを諭すことはあっても謝罪する必要は全くない。
動物を「魅せたい」という同動物園の理念とその実践をクレーマーたちはよく見る必要がある。
何かと、「正義」を振り回し、組織や個人を批判する。
場合によっては、公開裁判を取り仕切り、ヒーローとなる。
金品を受け取ることを目的に、あら捜しをする輩もいる。
民主主義の社会は多様な価値観を認めあい、話し合いによって「落としどころ」を模索する「おとな」の仕組みのことである。
些細なミスや弱み(不備なところ)を一方的な価値観のもとに探し出し、声高に騒ぎ立てるということは、本来ルール違反である。
今、人気の北海道旭山動物園が公式ホームページ上に2本足で立つレッサーパンダについて「見せ物にしないで」と掲載したところ、市民から抗議を受けて「行き過ぎた表現があった」などと謝罪文を掲載した。
注目を集めている公的な施設としては、「謝罪」という形で治めるしかなかったのかもしれないが、釈然としない、不本意ながら・・・というのが本音のところではないだろうか。
詳細・経緯については同動物園公式ホームページをご参照ください。
(更新履歴の5/27、5/31、6/7などを熟読されることをお勧めします。)
http://www.city.asahikawa.hokkaido.jp/files/asahiyamazoo/sc02.html
動物園そのものに対して「アニマル・ライツ」を提唱する団体などは存在そのものが「悪」だと主張しているが、その議論はひとまず置くとして、一般に動物園や水族館には次の4つの役割や使命があるといわれている。
①レクリエーション・・・人間性回復の場として
②教育の場・・・生命の大切さ、自然環境の多様性を知る
③自然保護の場・・・希少生物や絶滅が危惧されている動物などの「種の保存」など
④調査・研究・・・比較解剖学・生理学・栄養学・繁殖学をはじめ人獣共通感染症の研究など
旭山動物園をはじめ、多くの動物園は80年に国際自然保護連合(IUCN)などにより発表された『世界環境保全戦略」に則り、地道な活動を続けている。
「所詮見せ物の動物園」、「旭山だって餌でつって動物に『芸』をさせている」等々のクレームに対して、それらが的外れな「言いがかり」にすぎないことを諭すことはあっても謝罪する必要は全くない。
動物を「魅せたい」という同動物園の理念とその実践をクレーマーたちはよく見る必要がある。
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