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zoom RSS 雪の中を歩く健気な受験生を見て思うこと

<<   作成日時 : 2018/01/14 15:16   >>

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昨日と今日は大学入試センター試験が実施されている。
東北・北陸地方をはじめ全国各地で受験生は寒さの中、雪を踏みしめて受験会場へと足を運んでいる。
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雪のため、交通機関のダイヤも遅れ、試験開始時間を繰り下げるなどの影響も出ているとのこと。

15年ぶりに教育の現場に戻り、例年以上に受験生やその家族、そしてさまざまな関係者に感情移入してしまっている自分に気づく。

それにしてもどうしてわざわざこの時期に試験を実施するのだろうか。
夏目漱石の『三四郎』を読むと、田舎の高校を卒業し東大に入学した主人公が最初の授業を受けるのが9月半ばであるという設定に『そうだったのか』と少なからず驚いてしまう。

歴史を紐解けば次のような事実が浮かび上がってくる。
江戸時代の寺子屋においては入学の時期を定めず、年中「随時入学(随意入学)」という状況にあった。
明治維新により西洋の教育が導入され、9月入学が主流となった。
東京大学も『三四郎』にあるとおり9月入学だった。
もろもろの制度が西洋の大学をモデルに、お雇い西洋人主導で作られていたため、当然のことだといえるだろう。
明治新政府の富国強兵政策の一環として政府の会計年度が明治19年(1886年)に4月開始と定められ、小学校もそれに合わせる形で4月入学となった。
高等師範学校の入学時期も会計年度の問題に加え、同年の徴兵令改正により、徴兵適齢者の入隊届出開始日が9月から4月に移行したことが影響した。
従来通り9月入学にしていると、身体壮健で頭脳も優秀な師範学校志望者が軍に獲られてしまわないようにとの思惑から4月入学に移行した。

9月入学と4月入学が併存すると、折角秩序ある生活態度を身につけた学生が半年間で自堕落な生活に戻ってしまう。その間に非行に走ったり、あるいは補習科や専門学校に入り徴兵猶予の隠れ蓑にされてしまっては国家の一大事となる・・・などの懸念から文部省は4月入学の一本化を図った。
法律を制定し、明治34年(1901年)に中学、大正8年(1919年)に高等学校をそれぞれ4月入学と定めた。

外堀を埋められた大学も大正10年(1921年)以来、しぶしぶ4月入学となり、教育現場における4月入学は定着してしまった。

世界215ヶ国中、4月入学を採用しているのは日本やインドなどの7ヶ国にすぎない。
9月入学(秋入学)に戻す案については再三浮上してはいる。
1980年代には中曽根内閣の臨時教育審議会(1984〜87年設置)で検討された。
2000年代に入ると、安倍内閣の教育再生会(2006〜08年設置)で導入が検討された。
いずれも制度改編に伴う国の負担増が大きなネックとなり、制度化することは見送られている。

秋入学の問題点としては上記の財政問題に加え、
○ギャップイヤーの学生・保護者の負担軽減
○就活・採用の時期
○医師国家試験・司法試験・教員採用試験の時期
○奨学金制度の見直し
なども挙げられている。

とはいえ秋入学には次のようなメリットもある。
○国際的な学生の流動性の向上(海外留学の促進・外国人留学生の受け入れ拡大)
○学事暦の見直しによる教育の有効性の向上
○ギャップタームを活用した学習体験の豊富化
○グローバル化促進など社会へのインパクト

入学時期の変更とともに論じられるべきは大学入試制度そのものである。
1979年から開始された共通一次試験が1990年に私立大学も利用できる大学入試センター試験に代わり、2006年からは英語のリスニング試験が導入された。
そして2020年からは、学校教育改革のと一体で入試をけれる改革の一環として大学入学共通テストが新たに始まることが決まっている。

『国家百年の計』といわれる教育の在り方(制度は勿論のこと、その教育内容)について、議論を深め、勇気をもって実行していくことが必要だろう。

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