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zoom RSS アーネスト・サトウについてどれだけの知識をお持ちですか

<<   作成日時 : 2017/06/19 11:22   >>

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英国大使館別荘を訪ね、幕末に「青い目の志士」と呼ばれた25歳の英国外交官、アーネスト・サトウが明治維新に深くかかわっていたことを知った。

司馬遼太郎は、明治維新は世界史の中でも奇跡的な出来事であると語ったが、そこにアーネスト・サトウが重要なポジションで介在していたのだ。
司馬の作品が膨大な史料をもとに綿密に書かれていることは周知の事実ではあるが、あくまで「歴史小説」である。
氏の作品をベースにして大河ドラマが作られ、人物像が固定化されてしまうことに異を唱えるつもりはないが、
今のはやり言葉でいえば、司馬による「印象操作」が功を奏していると言えないだろうか。
いわばその共通認識が、あたかも歴史的事実として独り歩きしてしまうことにずっと疑問をもっていた。

司馬遼太郎の作品によく登場する幕末から明治期にかけてのイギリス大使、アーネスト・サトウ。
作品の中で高い評価をしているが、等身大のサトウについて私たちはどれほどのことを知っているのだろうか。
そもそも彼の果たした役割について、知っている日本人がどれほどいるのだろうか。
検定教科書で、彼についてどれだけのベージが割かれていただろうか。
そんな疑問や興味から、「積読」状態にあった書籍=アーネスト・サトウ著 「一外交官の見た明治維新(上)(下)=をじっくりと読んでみた。

サトウは当時の日本を代表する指導者(すなわち歴史上有名な人たち)たちと頻繁に会見している。
明治天皇をはじめ、西郷隆盛・大久保利通・木戸孝允・伊藤俊輔らの薩長の要人たち。
さらに彼らと対峙する幕府の徳川慶喜や勝海舟とも会見している。
そして朝の連続テレビ小説「あさが来た」で一躍脚光を浴びた五代友厚らとも親交があった。
イギリスは万国公法を遵守しつねに中立を守った。そして他の外国も英国に倣って中立を守った。
幕末から明治維新において、日本が独立国として世界に認知されたという事実に多大なる貢献をしたのがサトウその人であったといっても過言ではないだろう。



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