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名古屋在住の友人Mさんから読売新聞の地方版に、『愛知大学・東亜同文書院大学の米沢資料展示会・講演会』が開催されるという記事が掲載されたという知らせをもらったのは先月末のことだった。 彼女もかつて私が記した 中日大辞典刊行に思う を読んで愛知大学に新たなる関心を持ってくれた一人であった。 東亜同文書院大学、最後の学長であり、敗戦による引揚げ学生のために書院を継承すべく、1946年に豊橋に愛知大学を開設した本間喜一は山形県東置賜(おきたま)郡川西町の出身であった。 その進取な気性は置賜地方の伝統と文化に育まれたものといえる。 郷土が生んだ「偉人」、本間喜一を広く知ってもらおうと彼の地での開催となった。 たまたま、エアポケットのように自由に動ける時間がとれたため、急遽米沢の地に足を運ぶことにした。 9:42上野発つばさ177号に乗車。正午前には米沢駅に到着。 駅の一角にあった「観光案内所」で会場の東部コミュニティセンターへの行き方を尋ねた。 初老の男性が地図を片手に<お国ことば>で教えてくれた。 <旅>の楽しさはこんなところにあるものだ。 受付を済ませ、約1時間ゆっくりと展示を見た。 地元の新聞社やテレビ局も取材に訪れていた。 定刻の午後1:30に講演会がスタート。 愛知大学第16代学長 佐藤元彦氏の挨拶と大学の現状についての説明ののち、講演が始まった。 ■「米沢地方の歴史風土と本間喜一」 山田邦明(愛知大学文学部教授) ■「私の父 本間喜一を語る」 殿岡晟子(本間喜一氏 長) ■「本間喜一がつないだ東亜同文書院大学と愛知大学」 藤田佳久(愛知大学文学部教授・愛知大学東亜同文書院大学記念センター長) の各氏による興味深く、そして熱のこもった講演が続いた。 予定時刻を20分ほどオーバーして終了。 一言でいえば、「来てよかった!」といえる講演会であった。 |
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