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この十数年、わが家の『倣い』として愛宕神社に初詣をしている。 恥ずかしながら、<信心>というよりも<験担ぎ>という感じではあるが・・・。 愛宕神社は港区芝の標高26メートル、愛宕山山頂にある。 今でこそ、周りは高層ビルが立ち並び山頂から都内の街並みや東京湾を見わたすことはできないが、江戸城無血開城の立役者である勝海舟と西郷隆盛は江戸城明け渡しの交渉中に二人でこの山に登り、江戸の街を見渡して、どちらともなく「この町を火の海にしてはいけない」と語り合ったとされている(見晴らしのよい)場所である。 今年は元日の昼過ぎに訪れた。 正面の男坂は「寛永三馬術」の曲垣平九郎(まがきへいくろう)に因んで「出世の階段」といわれている。 ふもとから神社正面へと続く、86段、傾斜角40度といわれる急階段を、途中休むことなく一気に上る。 息が切れ、太ももには乳酸がたまっていくのを実感する。 かろうじて、立ち止まったり、手すりにたよることなく上りきれた=健康で頂上を極めることができたことに感謝の念を抱いた。 私にとっての年一回の体力検査・身体能力測定ともいえる。 いずれにせよ、「健康」を切実な問題として意識する年齢になっていることを痛感する。 写真のごとく、男坂の階段を行き交う人はまばらだったのだが、頂上について驚いた。 人、人、人・・・。 大晦日から元日にかけて参拝した年もあったが、こんなに人が集まっていたのを見るのは初めてであった。 お手水場の手前から左へ、茶店のある広場からNHK放送博物館の道路、そして裏手の駐車場まで長蛇の列であった。 すでに並んでいる人、女坂方向から来た人たちも口々に「こんなに混んでいるのは初めて」と語っていた。 果たしてどれくらい並べば本殿でのお参りができるのか・・・、並ぶことが嫌いな私もさすがに新年のお参りをパスするとは言えず、じっと我慢の子と相成った。 のろのろと進み40分後にやっとたどり着いた。 初詣の<はしご>をしているのだろうか、ある夫婦の会話によれば、増上寺も、日枝神社もかつてないほどの混雑であったという。 清く正しく、しっかりと努力はするものの、最後は<神頼み>というのが偽らざる心境なのだろう。 昨秋からの世相を反映した初詣風景だと感じた。 下の写真は1月11日午後4時半の浅草浅草寺の様子。 お参りをしようとする人の列は当分途絶えそうもない。 神様、仏様、どうぞ庶民の願いを叶えてくださいまし・・・。 |
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